
向山裕展
会期:2021年2月15日[月]-3月6日[土]
開廊時間:11:00ー18:30 日曜・祝日休廊
100号~120号の巨大なキャンバスに、実際には指先ほどの小さな生物を精密なタッチでリアルに描き、注目を集めました。
その後、韓国での個展やグループショウ、「高島屋美術水族館」、「美の予感」に出品。2012年、2015年に高島屋各店で個展を開催し、その卓越した技術によって描かれた、どこか愛着を感じさせる作品が多くの反響を呼びました。
描くモチーフは、ウナギ、たこ、海ほたるなど海洋生物が多く見られます。気になった生物を入念に調べ、入手できるものは実際に飼って、その生育を共にします。それらは標本のようなリアルさで、作家の意思を殆ど感じさせない写実的な手法で描かれますが、何処か空虚な悲哀感と懐かしさにも似た愛着を感じさせます。また、絵画の他にも巨大サイズのイカの骨や米粒を樹脂で作った立体作品など新たな領域へ広がりを見せました。
これまで珍しい海の生物などを数多く描いてきた向山ですが、その興味は自然界とその生命の循環、殆どが短命もしくは一瞬で繰りかえされる美しくも儚い現象の不可思議さにあるようです。緊張感あふれる作品からはそれらの生命体と彼らから届けられる様々なメッセージへの畏敬の念が感じられます。本展は、油彩を中心に立体作品も含めて17点発表します。




oil on canvas

兄弟たち
上流域で孵化したサケの稚魚たちは、本能に導かれるまま海に降ります。自分の一生がなぜその地ではじまったかを知るのは、十分に成長し、繁殖の使命を負って再訪を遂げたときであり、同時に死を受け入れるときでもあります。ほとんどの兄弟姉妹はこの過程で落命していきますが、思い出すことがあるでしょうか。

帝国
ササラダニという、全長1mm程のダニの一種です。人畜に無害な土壌性のダニで、植物の分解者として生態系上の重要な役割を担っており、一掬いの腐植土の中に山のよう隠れています。黒光りするなめらかな体表には、周りの風景がきれいに映ります。

二ホンナマズ
ナマズを捌くとたまに腹から卵巣が出てくることがあり、予想外の色彩にびっくりします。どういうわけか真緑なのです。梅雨の頃、大雨が降ると、ナマズ達は普段の住処をそわそわと出発し、水田や氾濫原に集まって来ます。雨中夜間の事であまり人には知られません。そこで産卵と放精を行い、ビーズくらいの卵があちこちに散りばめられます。1〜2日経つと、橄欖石のような緑色球にくっついた極小の魚体が、非常に元気よく尾を振っているのが観察できます。さらに顕微鏡下に置くと、扁平な顔に二対のひげが見て取れ、もうナマズの面影があることが知れます。

ホウネノマキア
描かれているのはホウエンエビです。初夏、田んぼに水が入るとどこからともなく賑やかに湧いて出て、泳ぎ回ります。実は大変起源の旧い生き物で、2億年前からほとんど形態を変えていない「生きた化石」なのです。仰向けで泳ぐ不思議な姿にはどことなく旧世界の生き物的な佇まいがあります。一月も経つと、あれほどいたホウエンエビは儚く水の泡と消えてしまいます。その短期間に大急ぎで産卵を行い、卵は田土の中で翌年の初夏まで乾燥に耐えながら眠ります。マキアというのはギガントマキア、ティタノマキアなどギリシア神話に伝わる神代の戦を指す語で、新旧支配者の交代を引き起こすような大戦に付けられます。夕映えきらめく田泥の雲の合間で、無数のホウネンエビが戦っています。

失神
高空(この絵に描かれて居るのは約7000m)を飛ぶマガンです。普通「渡り」の際は群で編隊を組み飛行しますが、このマガンは単独で高度記録に挑戦し、酸欠で気絶し、失墜しつつあります。個体としては異常者ですが、個体群で考えれば、こういう危険を冒して可能性の限界を押し広げる役目のものが常に僅かなパーセンテージで含まれており、種の存続に重要な役割を果たします。確かなライトスタッフを持ち、誇り高く、無茶をして死ぬのが仕事です。

観想
ソデイカが浜に打ち上げられた姿です。死滅回遊の結果です。ソデイカは暖海のイカですが、海流に乗って北に流され、寒さで冬を越せず、南下する泳力もなく、まとめて死滅します(これを死滅回遊といいます)。平安時代末期に、末法思想を背景として補陀落渡海が流行したことがあります。僧侶が自身を小舟に密閉し、浄土があるとされる南海に流すという即身成仏の一種です。これはその逆イメージで、海から陸への補陀落渡海です。このイカはまだ息があり、擬人化して言えば観想念仏に専念し、浄土を観じているところです。

ルキフェル
金星は地球よりも内側を公転するので、このような満ち欠けを起こし、光り輝きます。また金星は最高位の天使でありながら、堕天したルシファーにもなぞらえられます。絶望的な叛逆と飛翔、そして失墜の神話です。

神話
大人になっても、久しぶりに海を見ると心が騒ぎますし、波打ち際を見ていても心に染みてくるものがあります。縄文人が海を見たときに示す感慨も同じかなと思います。特に縄文人は、多くの生活の糧を漁撈により得ていました。自然を神格化し、万物に精霊の気配を感じていた頃の記憶が自分たちにも残存しているのだと思います。

事実
雪に落ちた血痕です。これは、獲物に傷を負わせることが出来た事実を示しています。このとき、獲物と狩猟者の間が一本のラインで結ばれます。血の点々の先に、必ず獲物は居るという当たり前の事実のすばらしさは、追跡したことがあるものにしか分からないと言います。狩猟採集民である縄文人には馴染みのある光景でしょうが、現代人で、同じ経験をした人はあまり居ません。しかしながら、白と赤の鮮烈な対比に、言い知れぬ胸騒ぎを感じるのなら、それは縄文人が感じたものと同根のものだと思います。雪に散らばった血は、美しいです。

異教
キンセンガニ、砂中に潜むカニです。砂ごとすくうことで捕らえられますが、砂の上に戻すと、ヒレ状の脚を巧みに動かし、魔法のように砂中にかき消えてしまいます。今しがたそこに居たという記憶まで疑わしくなる程です。

事実
晴天の海上に上がった水柱。海底火山か爆発したか、隕石が衝突したか?または何かもっと別の現象によるものか…目撃者が居なければ、誰にもわかりません。
白く泡立った海面は程なくおさまり、あとは元通り、見渡す限りの風浪に埋められて跡形もありません。

エリンギ
エリンギの菌糸表面に芽生えた子実体。これから成長してスーパーで見るようなエリンギになる。

エリンギ
上記作品とと同じく「エリンギ」のモチーフ。(上記作品はエリンギの赤ちゃん?)

ほや
アカボヤというホヤです。マボヤに比べると少数ながら、食用として流通しているので、市場で見かけたことがある方も居られると思います。動物だか植物だか、貝だか、イソギンチャクか、判然としない風貌をしてはいますが、分類上はヒトと同じ脊索動物門に属しており、門のレベルで同類ということで、実はヒトとかなり近縁な動物です。今度、水産物売場でホヤを見かけたときは、親戚に対すると同じまなざしを向けてください。

