はりばん
玻璃版と『夜間飛行』 柄澤齊
玻璃版の一般的名称はコロタイプ(Collotype)。コロタイプは1854年フランスのポアテバンが発明、1869年ドイツのヨーゼフ・アルベルトによって実用化された。
写真製版を用いる印刷方式では最も古いもので、版面とするゼラチンに不規則な皺(しわ)を生じさせ、皺の硬化によるインキの受容性の差を利用して諧調を表現する。
コロタイプの繊細な諧調は和紙によく馴染み、絵肌は湿り気を帯びた空気感を感じさせる。固く濃度のある専用のインキで刷られる物質感には触覚を誘う力があり、それ以降の印刷技術では得られない味を持っている。
コロタイプの印刷原理は石版(リトグラフ)と同じ平版で、厚いガラス(玻璃)の板を支持体とし、その上に感光性物質を含むゼラチンの被膜を塗布して乾燥させ、原画から写したネガフィルムを感光面に密着させ、露光させる。露光したところはネガの諧調に応じて硬化し、縮緬状の微細な皺が生じる。
皺となった領域は油性のインキを受け付け、露光しない領域はゼラチンの保水性によってインキを受け付けない。版面に水を与えてインキを盛る石版画と刷りの工程が似ている。
古くは平版用の手動式プレスを使って印刷していたが、のちに専用の円圧式印刷機が使われるようになった。耐刷数は300枚程度が上限といわれる。
一枚、一枚、刷りの調子を確かめながら手で紙を差し、必要箇所のインキの濃度を上げるため、手持ちの小型ローラーを使って部分的なインキの補充をおこなったりもする。
性質上版の保存がきかず、技術者は熟練を要し、時間がかかるため費用も高額なものになる。
コロタイプの技術を継承する工房は減少をたどり、現在も稼働しているところは世界で京都に2か所を残すのみという。『夜間飛行』の製版と刷りは京都の便利堂による。
『夜間飛行』は二層に漉いた手漉き鳥の子紙にコロタイプで二版二色を刷っている。
インキが乾いたのち紙の裏面となる一層を剥がし、薄くした画面に色鉛筆やペンなどで描画を加え、余白をカットして水彩紙に貼り込むという作者自身の手仕事を経て仕上げられるため、一点一点がオリジナルであり、シートによって微妙な違いがある。
玻璃版という日本語の魅力もさることながら、水墨とコラージュによる原画の空気感やデリケートな陰影の再現にうってつけの版式であり、マックス・エルンスト(『博物誌』)やゲルハルト・リヒターの作例などからも、広義の版画としての可能性を見ることができる。
『印刷博物誌』(凸版印刷株式会社2001)、「コロタイプとは」(便利堂)を参照しました。